開講50周年を迎えて

山本 勇夫(横浜市立大学脳神経外科 名誉教授)

横浜市立大学脳神経外科学講座は1973年11月桑原武夫先生が関東逓信病院から初代教授として着任され,当時旧第二外科脳外科グループ山口和郎先生のメンバーを中心に12人でスタートしました.当時は脳神経外科に手術顕微鏡やCTスキャンが導入され,従来の頭部外傷が主な対象疾患から,脳腫瘍や脳血管障害の手術が積極的に行われるようになりました.特に桑原教授は悪性脳腫瘍の広範囲切除術を精力的に行い,教室として頭蓋狭頭症や水頭症といった小児脳神経外科,また,頭蓋底外科の手術アプローチの開発など多くの業績を挙げられました.

1992年5月二代目教授として小生が就任時,まず着手したことは桑原教授が基礎固めした教室を発展させるために,関連病院の充実とsubspecialityの専門家の育成の二つでした.当時横浜市大は県内の拠点病院のほとんどが関連病院で,全国的にも恵まれた環境でしたが,本格的な脳神経外科を実践するためには,1施設当たり最低3人体制を構築することを目指しました.また,当時,血管内手術やγナイフのような定位的放射線治療,さらに術中ナビゲーションなどが導入され,それら新しい手技習得のため,また基礎研究のために若手教室員が国内外に留学したり,論文,学会発表で実績を挙げ脳卒中の外科学会(1999年),脊髄外科学会(2001年),定位放射線治療学会(2001年),頭蓋底外科学会(2004年)などの学会を主宰することができました.在任中には1999年1月には本学附属病院での患者取り違い事故,2000年1月には大学附属市民総合医療センターが,8月には脳卒中医療センター(現横浜市立脳卒中・神経脊椎センター)の開院,2004年には初期臨床研修制度の導入,2005年には大学の独立行政法人化など大きな変革が行われた時期でもありました.また,教室内としては,1996年桑原名誉教授を会長に,第一回の同門会(桑梓会)を開催しました.桑梓会という名称は故石渡祐介先生の立案で,桑梓は中国最古の詩集『詩経』の中で,蚕の餌となる桑,加工しやすい梓を家に植え,子孫の備えとしたとされ,遠方より帰ってきた人が遠くからそれを見て故郷に帰ってきたことを実感するとのこと,すなわち桑梓は故郷という意味で,教室員にとって脳神経外科教室が故郷であるとの意味が込められています.

2008年4月には川原信隆教授が第三代教授に就任し,医局の再編,若手脳神経外科医師のために頭頚部解剖実習を開始するなど,特に若手の育成に注力しているさなか,2016年5月に急逝したのは痛恨の極みでした.

2017年3月には山本哲哉先生が筑波大学から第四代教授として着任され,毎年多くの新人が入局してくれることを嬉しく思うとともに,次の50年先を見据えて更なる発展することを祈念してやみません.

TOP